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交換留学経験者からのメッセージ

交換留学経験者からのメッセージ 2012年

2014年04月30日現在

Royal Adelaide Hospital 留学報告

石川 智啓 (Royal Adelaide Hospital )

私はオーストラリアのRoyal Adelaide Hospitalで外傷救急・胸部心臓外科・泌尿器科を回らせていただきました。実習では日本との違いをしっかりと観察できましたし、処置を手伝ったり、手技をさせていただく機会もたくさんあり、充実していました。

 

1ヶ月目の外傷救急は、勤務がシフト制のため毎日違う先生に付かせてもらいました。重度の患者さんが運ばれてくるとResuscitation Roomの中で10人以上のスタッフがテキパキと分担された仕事をこなしており、最初はその光景に圧倒されてしまいました。また、初めのうちは会話についていくのが大変でしたが、次第に聞き取れるようになり、人手が足りないときにはチームの一員となれているのかな、と思うこともありました。交通外傷や転倒、落下などの症例が多いですが、ナイフで刺された人や銃で撃たれた人も来ることがあり、緊急手術も見学させていただきました。オーストラリアは国土が広く、居住区もまばらなため、Royal Adelaide Hospitalの支えている医療圏は半径約3000kmだそうです。実際に500kmほど離れたところで交通事故に遭った患者さんがドクターヘリで運ばれてくるようなこともあり、日本との大きな違いを感じました。日によって、運ばれてくる患者さんの数は変わりますし、夜中に重症の患者さんが運ばれてくることもあるので、途中からはより多くの経験をしたいと思い、24時間体制で待機していました。

 

2ヶ月目の胸部心臓外科では、こちらの学生はInternに付いて病棟業務を学ぶのが一般的のようですが、私は全体像を把握したいと思い、いろいろな先生に付かせていただきました。他科や他の病院からのConsultを受けるのを見ることもあれば、病棟での処置や手術を見学させていただくこともありました。病棟では、採血や点滴を入れる機会を与えてもらい、少しでも多く患者さんと接する機会を得ようと努力しました。手術は弁膜手術や冠動脈バイパス手術が主ですが、手術はとても素早く進み、心臓の手術といえば長時間というイメージがあったので、その手術時間の短さに大変驚きました。日本人の先生も働いていらっしゃって、日本とこちらの心臓外科や患者さんの違いを教えてくださったので、非常に実習しやすかったです。週1回、循環器内科の先生との合同回診があるのですが、そこでは「たこつぼ型心筋症」について発表する機会をいただき、初めての経験で緊張しましたが、先生方から良い評価をいただくことができました。

 

3ヶ月目の泌尿器科では、外来見学と手術見学を主にさせていただきました。こちらでは小児以外の泌尿器科全般の疾患を扱っており、幅広く学ぶことができました。先生方も親切で、診断・治療について丁寧に教えてくださいました。また、検査日に軟性膀胱鏡検査をさせていただき、良い経験となりました。3ヶ月目には英語の上達を感じることもでき、楽しく実習することができました。週1回のカンファレンスでは、難しい症例の画像所見や治療方針について議論を聞きながら、多くのことを学びました。

 

3ヶ月を通して、日本とオーストラリアの医師制度や保険制度の違い、人々の生活の違いを知ることができました。こちらでは入院期間がとても短く、手術も毎日数多く行われており、患者さんの入れ替わりが激しいため、全ての患者さんを短時間で把握するのに苦労しましたが、非常に良い経験になりました。また、将来どのような方向に進みたいのかを考える良い機会にもなりました。

 

私がオーストラリアへの初めての留学生ということで、ほとんど情報のない状態で始まった留学生活でしたが、臨床や研究でご活躍されている日本人の先生方にお会いすることができ、アドバイスをいただきながら、充実した日々を送ることができたと思います。また、各科でも本当に心優しい先生やスタッフに恵まれ、楽しく実習することができました。

 

このような素晴らしい機会を与えてくださった国際交流室の先生方、留学を支えてくださった皆様には心から感謝しています。本当にありがとうございました。

Duke大学留学体験記

伊藤 達哉 (Duke大学)

私は名古屋大学交換留学プログラムを利用して、Duke大学に3か月間留学させていただきました。ご存知の先生もいらっしゃると思いますが、Duke大学はアメリカのノースカロライナ州ダーラムという街の中心的な存在として位置しています。ダーラムのキャンパスは木々が茂り、小鳥やリスといった動物たちも見かけることが多くとても自然豊かな田舎町の中にあります。そんなのどかな街で僕の今まで経験したことのないような激動の留学生活が始まりました。そもそも私は帰国子女でもなければ、英語が堪能なわけでもありません。そんな私が留学に挑戦しようと思ったきっかけは恩師の勧めでした。

 

「世界は広い。君たちのような若いうちに世界を感じておくことは大きな財産になる。」

 

呼吸器内科長谷川教授の勉強会に参加させていただいていた私はその中で留学に対しての興味を持ちました。留学が決まり興味半分、不安半分といった気持ちを持ってDuke大学に乗り込みました。

 

3か月の間でDuke大学病院の呼吸器内科、神経内科、神経放射線科、循環器内科で現地の学生や各国からの留学生と共に実習させて頂くことができました。

 

アメリカの実習では日本のポリクリではできないような体験ができます。しかし裏を返せば今まで全くやったことがないことを母語でない英語でやらなければならないということで始めはとても大きな壁を感じました。アメリカでの医学生は医師免許こそないものの医療チームのstaffの中ではDrとしての扱いを受けているように思いました。これは医学生が病院の中で大きな信頼を得ているとともにそれに値するだけの責任を負っていることを意味しているのでしょう。そのため分からないことを分からないままにしておいた時や自分の患者についてチームメンバーが自分よりよく知っている時などprofessionalに反する姿勢については注意されます。このような実習の中で知識だけでなく医師としての自覚、責任について精神的な素養を身に付けることができたのでないかと思います。

 

さて実際の実習の内容ですが、まず朝の7時前後からチームでroundingを行います。それまでに自分の持ち患者を回診しておき、roundingでは自分の患者の様子について上級医に報告します。その合間をぬって他科から依頼されたコンサルト患者の対応を行います。他科からコンサルトされた患者のfirst touchは学生が行います。学生はカルテを確認したのち患者のもとへ赴き、話を聞きながら問診を行い必要な身体診察を行います。診察を終えると自分なりに疾患の鑑別を行い診断します。上級医に患者についての報告を行い、自分の診断に対して患者に必要な検査や治療法の提案も行います。こうして担当した患者は転科、退院となるまで自分の持ち患者となりその後もfollow upしていきます。僕は患者を1から評価、考察し治療方針を決定する体験することができそのなかで学び成長できることがとても楽しかったと感じています。アメリカの医学教育の良さについて身をもって体験することができました。この提案の際には論文を引用しながら確かなエビデンスを提示することが求められます。そのために自分で様々な文献を探す意識が定着するようになり、臨床と研究の垣根が自分の中でかなり低くなったように思いました。

 

さてDukeの呼吸器内科では積極的に肺移植を行っており、サルコイドーシスや肺線維症、日本ではほとんど見かけない嚢胞性線維症など多岐にわたる疾患に適応されている様子を見ることができました。肺移植を受けた患者を担当させていただく機会を持ちましたが、劇的な肺機能の改善に大きな衝撃を受けました。また呼吸器内科で1ヶ月に渡ってご指導いただいたAttendingであるDr.Tapsonは肺高血圧症の専門家で臨床研究にもとても力を入れており実習の中でいかにして臨床経験を元に研究を組み立てていくかということを教えて頂きました。

 

この留学を通して実習以外にも多くの人生経験を積むことができました。今回私は日本を離れ初めての海外での長期滞在をしました。その中で日本とアメリカの文化、医療事情について考察を深めることができかえって日本をより客観的に評価できるようになったと思います。さらにDuke大学には現地の学生や世界各国から優秀な留学生が来ています。彼らと共に働き、学ぶことはとても刺激的で自分を成長させてくれました。私は将来ぜひ彼らとまたともに働く機会を持ちたいですし、その時にお互い刺激的な時間を過ごせるよう自分を成長させておきたいと思います。また、休日にはAttendingと呼ばれる上の先生に自身の研究室や自宅のpartyに招いて頂いたりしました。そのような機会の中で研究にしろ、臨床にしろその道の「一流」である人々と交流を持つことができました。医師としての多くのキャリアパスを知ることができ、医師という職業が改めて面白く、そして誇らしく感じることができるようになりました。

 

今回の経験を通して、医師として成長し続ける方法やその楽しみ方を学ぶことができました。正直、英語でのコミュニケーションに初めは戸惑いを感じていましたがそれを遥かに上回る貴重な経験をさせて頂きました。私の留学に際してご協力頂いた国際交流室伊藤先生、坂本先生、粕谷先生、平光さんや学務の皆様、留学のきっかけを与えてくださった長谷川先生、留学前の研修会に始まり留学中もお世話になった同級生や先輩方、実習中にお世話になったDukeの先生方やホストファミリー、そして日本から僕の挑戦を応援し続けてくれた家族に感謝申し上げます。僕が医師となり今回させて頂いた貴重な経験を糧に、これから成長していくことが最大の恩返しであると思いますので今後ともより一層精進していきます。

 

この素晴らしい体験を後輩たちに伝えることによって交換留学プログラムやこのFrontier会がますます実り多いものになっていけば大変嬉しいと思っています。ありがとうございました。

海外留学体験記 - Gdański Uniwersytet Medyczny / Medizinische Universtät Wien

加藤 健佑 (Gdański医科大学/ Wien医科大学)

このたび名古屋大学の交換留学プログラムにてポーランドのグダニスク医科大学およびオーストリアのウィーン医科大学で海外実習をさせていただく機会を得ることができました。自身初の海外渡航であり当初多少の不安はあったものの、とにかく毎日が新鮮・刺激的で、実に貴重な経験を積むことができたと思います。グダニスクでは脳神経外科3週間、ウィーンでは救急救命科4週間と脳神経外科4週間というスケジュールで実習させていただきました。

 

ポーランドは旧社会主義国であり現在は資本主義国に転換、経済成長真っ只中にあり、実習先の病院は昨年に建て替えたばかりの非常に綺麗な病院で、設備もすべて最新のものが揃っておりました。ポーランド語の回診やカンファレンスは理解できませんでしたが手術では積極的に助手を務めさせていただき、皮膚縫合まで任せていただくことができて短期間ながら充実した実習となりました。ポーランドの人々は歴史的な理由と元々の国民性の類似から非常に親日派であり、コーディネーターとなっていただいた生化学教室のWozniak教授も大の日本好きで、非常に良くしていただけました。旧社会主義時代の面影の残る旧市街は非常に美しく、物価も安価で料理も美味しく、3週間という滞在期間の短さが悔やまれました。

 

音楽の都として有名なウィーンは人口・面積的には名古屋に近い規模の都市で観光地として非常に有名ですが、実習先ウィーン医科大学は病床数2245床と、世界2位ヨーロッパ1位を誇る超巨大病院で、集約された先進医療と、その巨大さをカバーする各種トランスポートシステムが有名です。

 

救急医療部は救急内科Notfallと外傷科Unfallとに分かれており、Notfallでは外傷以外の救急医療を担っております。ヘリポートも備えておりウィーン市外からも続々と重症患者が運ばれてきます。通常の外来やクリニックが閉まる夕方以降忙しくなるのは日本と同じですが、大きく日本と違う点は、救急車にドクターも搭乗しており、大学病院へ搬送されるまでにおよその診断がついている点です。こうすることで病院側へより詳細な情報提供・指示が可能となり、患者が到着する頃には処置に必要な物は全て揃っているという手際の良さに感動しました。

 

ウィーン医科大学脳神経外科は別棟に存在します。MRIを用いた下垂体腫瘍の分類”Knosp分類”を作成したKnosp教授で世界をリードする脳神経外科であり、私以外にも台湾、ウクライナなどから既に専門医を取得した医師たちが留学生として来ておりました。名古屋大学脳神経外科の輸入元であるウィーンの脳神経外科は手術室3室、DBS用手術室1室、血管撮影室1室を持ち非常にactivityの高い脳神経外科でした。

 

ウィーンでは全体を通して非常に積極性の試される実習でした。ERASMSと違い名古屋大学留学生に対しては特別なプログラムは用意されておらず、実習内容は ”It’s all up to you.”と言われてしまい、カンファレンス・ラウンドに付くもドイツ語は聞いても理解できず、最初は途方に暮れました。学びたければ自分から行動を起こすしかありませんでした。質問をし続けましたが最初は疎まれることもしばしばあり挫折しそうでしたが、めげずに質問し続けているうちにやる気があるのだと認められ先生たちも少しずつフレンドリーになっていきました。実習の合間にドイツ語を学んでいたのも彼らに好印象を与えたようでした。脳神経外科では毎朝回診時の採血・点滴のdutyを終えると毎日手術室へ足を運びました。毎日全てのopeを最後まで見学、雑用も手伝い、終了後は執刀医の先生に必ず質問をしました。そうした努力が認められ、ある日Bavinzski准教授 (ウィーン脳外科の血管障害部門のNo.1) に声をかけていただき、最後10日間は毎日第一助手を、それもBavinzski准教授の手術で直接指導いただけることになりました。自身初の、顕微鏡下での助手でした。先生は手術の詳細を非常にわかりやすく教えてくれ、最後にはヨーロッパ各地から脳外科が集まるという脳血管手術技術向上のためのセミナーへの招待までしてくださいました。「手術者は音楽でいうと指揮者と同じだ。些細な動作一つにつけても、全てのことに理由がある。オーケストラ指揮者は全ての楽器各々に非常に詳細な指示を出すが、その細かなcontrolの集合が一つの曲を作り上げる。漠然と手術を見ても勉強にはならない。術式の詳細全てを見て学べ。」というBavinzski准教授の言葉が非常に印象的でした。

 

今回の経験を通して、まず一つ目に外国語を通してのコミュニケーションで世界を広げることの楽しさを学びました。英語ひとつだけで留学中本当にたくさんの友人ができ、異文化コミュニケーションの楽しさを堪能しました。二つ目は目標を明確に持ち、出来る限りの努力をし、積極的な姿勢を持ち続ければ必ず結果はついてくるということです。チャンスはやる気に比例します。この経験で培った積極性を今後も大事にしていきたいです。

 

最後になりましたが、このような貴重な機会を与えて下さった粕屋先生はじめ国際交流室や学務の方々、Knosp教授をご紹介くださった脳神経外科若林教授、たくさんのアドバイスをくださった先輩方、共に勉学に励んだ同期の皆に、この場をお借りして心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

英国Warwick Medical Schoolでの参加型臨床実習を通じて

水谷 達志 (Warwick 医科大学)

3月5日より5月31日までの13週間、英国中央部のCoventryにあるWarwick Medical Schoolの教育病院であるUniversity Hospitals Coventry (UHC)にて臨床実習を受ける機会を頂戴しました。私は昨夏に米国New Englandでの診断病理のインターンを受けたこともあったので、今回はぜひ本物のEnglandでの実習を受けて世界の医療に対する視野をさらに広げたいと思ったのがそもそもの動機です。

 

最初の4週間はAccident & Emergency (A&E) にてER診療の場に臨みました。 UHCのA&E外来は、軽症用のminor(10診療室)、重症用のmajor(25診療室)、resuscitation(6床)、そしてpaediatric (6診療室)の4部門から構成されており、白昼であっても、押し寄せるwalk-inの患者のためにこれらの診療室は老若男女でほぼ常に埋まっていました。私はそこで、医療面接と身体診察を主要な武器に可能性のある救急疾患を絞り込み、それらを鑑別するための効果的な検査プランを練るまでの一連のプロセスについて、ファーストタッチした各症例ごとに上級医のフィードバックを得ながらトレーニングを積む日々を朝から晩まで送っていました。数多くの幅広い症例とともに実習は中々に波乱に満ちたものとなり、例えば、とある胸痛症例で肺塞栓症を不覚にも疑いそびれ赤面する一方、別の担当症例では、私のプランに挙げていたtroponin T経時的測定の結果、先ほど上昇が見られNon-ST elevation MIとの診断がついたよ、と別の上級医に笑顔で言われ自信を取り戻すといった具合でした。そのような実戦性もさることながら、一方で症例に関連した病態生理に関する確認事項の質問も上級医からよく投げかけられ、臨床で柔軟に応用できる根本的理解とはどういうものかをも各々の担当症例を通じて習得していくことができたと思います。

 

続く2週間はHaematologyをローテートし、血液悪性疾患にて病棟で加療中の患者のうちの3名のケアにチームの一員としてまず加わりました。与えられた役割の一つは、カルテに記載されている長い治療歴や刻々と変動する数多の臨床パラメーターを把握しつつも、それらの前情報と、各患者との実際の会話及び身体診察で得た情報とを総合して現在のプロブレムリストを抽出し、症例サマリーを含めて症例検討会で発表するというものでした。同じチームに所属するナースとの所見についての会話やサマリーに対するレジデントからのチェックやアドバイスのおかげで、結果的に検討会の場にふさわしい発表に仕上げることができ、患者の次なるケアのステップの方向付けに幾分の寄与ができたことに一抹の達成感を噛みしめたものです。また、末梢血液塗抹標本を血算のデータと組み合わせて皆で議論する、レジデント向けのレクチャーにも参加して、血液形態学の基礎や貧血の鑑別法などの復習の足しにしました。この他に、Haemoglobinopathy、Coagulation disease、 DVT (Deep Venous Thrombosis)といった特定の血液疾患の専門外来にも立ち会わせて頂きましたが、看護師の専門分化が驚く程に確立している上、殊にDVTナースがDVT診断のかなりの部分で医師の判断によらずに主導権を持って科横断的に患者の対応にあたっていたように、ある面では看護師が医師をリードしてすらいることがとても印象的でした。

 

そして残る最後の6週間はPathology部門で研修致しました。ここの研修はとても融通が効き、呼吸器腫瘍病理と骨髄病理に関してとりわけ私が関心を寄せていることを上級医伝えると、各々の病理専門医から1ヶ月で完結可能な研究テーマを頂けることになり、2週目以降は主にこれら二つのテーマの追究に力を割く事に致しました。1日最低3体のペースで行われているという剖検に立ち会ったり、病理スタッフが学部1年生向けに毎週行われているMechanisms of Disease という、症例ベースに組み立てられているPBL方式の授業に参加したりもしました。学部生教育で驚いたのは、Warwick Medical Schoolには解剖実習というカリキュラムがなく、解剖に興味がある学生は自主的に剖検に立ち会うようにとのことで、解剖学、組織学、発生学、病理学の学習は1年次のMechanisms of Disease で全てカバーされているということでした。形態学がカリキュラムの隅にかなり追いやられているという印象は否めませんでしたが、4年という時間的制約の中で臨床対応能力の十分な育成に重きを置かんがための仕方のない犠牲なのかもしれないとも思いました。

 

当医学部での徹底したpatient-orientedな臨床実習は、自らの臨床技能の向上に資しただけでなく、米国とは違った意味での異質なダイナミズムとある種の先進性をイギリスの医療システムが有していること、そして日本の医療を相対化して把握するための対極的な視角の一方にイギリスの医療を置くことの意味合いを実情にあわせて認識するまたとない契機ともなりました。このような得難い貴重な留学経験は、国際交流課の諸先生方及び事務の方々の多大なご尽力と暖かいご支援を頂戴してはじめて実現できたものです。国際交流室の坂本教授、粕谷准教授、秘書の山崎さん、平光さん、学務の西尾さん、藤本さんにこの場をお借りして深く感謝申し上げます。

ウィーン医科大学留学体験記

崔 尚仁 (Wien医科大学)

この度、名古屋大学の交換留学プログラムで約3ヶ月間ウィーン医科大学に留学させてもらいました。今回、私が留学プログラムに応募したのはただ単に日本以外の医療に興味を持ったからであり、将来海外で働くための足場を作り勉強に行く、という目的ではありませんでした。それでも、出発前からこの留学は必ず何物にも変え難い体験になると予感していました。私の留学は最初の3週間はER、次の4週間はGP、最後の4週間は呼吸器外科をローテートさせて頂きました。私の一番の不安はやはり言語面での問題でしたので、ERでの初日の実習に臨むにあたり、緊張でいっぱいであったのを覚えています。その不安は見事に的中し、初日にERのボスから「ドイツ語を話せないのなら残念だがオブザベーションオンリーになる。英語もよりスムーズに淀みなく話すことが出来ないと役に立たない。」と一蹴されました。結局私のERの実習はほぼオブザベーションだけで、患者の診察や手技などを任されることはありませんでした。それでも、わからない時はその場で自分で調べたり、ERの先生方に尋ねたりなどして、見ているだけでも勉強になりました。

 

その次のGPは英語でgeneral practioner、これは家庭医のための医療を学ぶ診療科です。欧米や一部のアジア諸国は家庭医制度を採用していますので、将来家庭医を希望している医者はこの科で数年学ぶことになります。日本でいうところの総合診療科に近い役割を果たしています。私の将来目指す医師像の中に、どんな疾患も満遍なく見ることのできる医師、全人的な医療を提供出来る医師があります。そのため、所謂何でも屋のような役割を果たす家庭医に強く興味があり、この科を希望しました。ここでは平日はウィーン市内の家庭医のオフィスでの実習(ポリクリでのプライマリケア実習のようなもの)とそれ以外にもオーストリアの各医療施設を見学することができます。私の場合は、ホームレスケアセンター、HIVヘルスケアセンター、夜間救急訪問サービスセンター、STD予防センター、介護老人保健施設など多くの医療施設を見学することができました。このほかにも見学希望の施設があれば、どんどんスケジュールに組み込んでくれるとのことでした。

 

そして週末はオーストリアの田舎の家庭医に泊まり込みで実習します。GPで印象に残っているのはやはり週末の実習です。ここではヨーロッパの田舎の医療、そして生活にどっぷりと浸かることができます。田舎ならではの疾患、例えば農作業のやりすぎによる整形外科的な病気や農夫肺などから妊娠、小児科領域、様々な症例を見ることができました。また、休日には交通事故などのアクシデントの際にも一番に出動し、救急車よりも先に救命活動をこなし、それを手伝うこともできました。 その他、食事などもその地方の家庭料理を振る舞ってもらい、並大抵のことでは経験できないようなことを体験させてもらいました。このように、田舎での実習はとても有意義なもので、留学をして本当に良かったと心から感じました。これらGPの実習では、もともと留学生向けのプログラムのためか、留学生に対して教育的で、親身にこちらの質問に答えてくれたり、こちらの質問を聞き出そうとしてくれました。

 

最後に呼吸器外科です。私自身外科領域にも興味がありましたので、日本に比べて移植の件数が多い呼吸器外科と心臓外科で迷った末、呼吸器外科を選びました。毎日のスケジュールは7時に朝のカンファレンスが約1時間あり、その後病棟業務で採血や点滴を取ったり、オペ見学に参加したり、外来見学したりと自分の希望で自由に動き回ることができました。私はやはり手術に興味がありましたので、毎日積極的にオペ見学をして当初の目的であった肺移植の手術の見学もすることができましたし、同じ胸部外科ということで、日本では年間でも数件しかすることのない心移植も幸運にも見学することができました。

 

このような貴重な体験をさせて頂くことができましたのも、国際交流室の粕谷先生、山崎さん、学務の職員の方々、フロンティア会の先生方、ウィーンで実習中にお世話になった先生方、留学前に色々な面でサポートしてくださった先輩方、そして同級生のおかげです。この場を借りて厚くお礼申し上げます。ありがとうございました。

Johns Hopkins 大学留学体験記

高橋 雄太 (Johns Hopkins 大学)

私の夢は臨床・研究の両面で世界をリードする神経内科医となることである。両親が医療従事者であることもあり、私は幼いころから多くの神経変性疾患の患者を見てきた。彼らの多くは比較的若いうちに発症し、診断を受け、現在の医療では十数年後に死に至ってしまうと告げられる。そして、身体機能が徐々に低下していく中、常に死の恐怖におびえながらの生活を強いられる。私は、彼らのスピリチュアルな不安、精神的な不安を取り除くサポートをしたいと思い、医師になることを志した。そして、研究を通して彼らの治療法を見つけたいと感じた。その日以来、私は臨床、研究の両面で世界をリードする医師となるために今の自分に何ができるかを考え、学生時代を過ごしてきた。今回、留学制度に申し込んだのも、その人生の目標を達成するためにはどのようなキャリアプランがあるのかを模索するためであった。米国での臨床、研究に自分がどのように関わることが、自分の目標達成のために最良であるかを学んで来ようと思った。

 

私は、今回の実習において、Johns Hopkins Universityで循環器内科、麻酔科、アレルギー膠原病科、をローテートし、Massachusetts General Hospitalでアルツハイマー病の基礎医学研究を行った。

 

まず、循環器内科の実習では、アメリカの医療における、臨床研究と治療の親和性を強く感じた。自分の担当患者の治療プランについて上級医にプレゼンテーションする際に、その治療の根拠として例えばAHAのガイドラインを示すだけでは、エビデンスに欠けるとの批判を受けた。ガイドラインの根拠となっている臨床研究に立ち返り、その研究における被験者群と、そのうち研究から除外された群、治療効果の分析方法などを考察した上で、自分の患者が、その治療法の適応であるか判断することを求められた。毎日、朝7時の回診で、論文を提示することが求められたので、朝5時くらいには病棟に赴き、患者の所見をとり、論文検索を行うという、日本よりも学生の負荷が大きい実習だったように思う。しかし、この実習を通して、診断がついたらマニュアル的に治療を選択するのではなく、きちんとその根拠となっている臨床研究に立ち返り、その研究のデザインを理解した上で患者の適応を考える癖がついたことは、自分の将来にとって財産になったと思う。

 

また、麻酔科での実習を通して、日本とは全く違うアメリカでの手術の一連の流れを学んだ。アメリカではほとんどの手術は日帰りか1日の入院期間で行われる。入院期間の長い日本とは、必然的に「外来で行うこと」と「入院中に行うこと」が大きく変わってくる。私は外来での術前アセスメント、術中の患者管理、術後の外来での疼痛管理を実習した。術前、術中の管理を外来で行うために、「現在」の状態のアセスメントだけではなく、「将来の変化」に対する教育も行う必要があった。身体所見や画像所見、血液所見から手術の適応があるかを評価するだけでなく、退院後の症状(疼痛・術創の化膿・術前の症状が寛解しないなど)への対応について患者に教育を行った。また、術中は、バイタルが変化するごとに上級医から患者の体内で起きていることを、生理学的・薬理学的に説明することを求められ、基礎医学の知識を身に付けることができた。総じて、日本と異なるスタイルの外科治療に触れることで、日本のスタイルを客観的にみられるようになった。

 

最後に、アレルギー膠原病科についてである。この科では基本的に外来での問診を任された。2週間と短い実習期間ではあったが、日本との違いを多く学ぶことができた。アメリカでは処方箋なしで薬局で購入できる薬の種類が多い。比較的、薬効が強く、副作用が強い薬も医師の診察なしで購入できてしまう。その結果、薬剤アレルギーで受診する患者が多く、薬剤アレルギーだけで一つの外来を作っていた。私の外来では、薬剤アレルギーや食物アレルギー、鼻炎、副鼻腔炎、皮膚炎の患者を診察していた。診察で主にアナフィラキシーショックになる可能性があるか、という観点を重視して診察を行った。

 

JHUでの13週間の実習ののち、私はMGHでアルツハイマー病の基礎医学研究を行った。ここでは、マウス胎児大脳皮質を摘出、神経細胞を培養し、その軸索成長を特別なデバイスを用いて観察し、その速度や方向性を分析した。日本のラボと比べて、大変豊富な設備を有していた。

 

今回の留学を通して、アメリカの医療について考察し、実際、自分はどのようなキャリアを歩もうかと考えてみた。まず、アメリカの臨床に関してだが、コメディカルの権限が大きいこと、完全なるシフト性がとられていること、医師数が豊富にあることによって、上級医は自分の専門分野の研究に集中できているという感想を持った。日本の主治医性と比べると、格段に医師のQOLは高そうであった。しかし、私は難治性の疾患を抱える患者の精神的なサポートができる医師を目標としており、その面においては、医師と患者が一対一関係で、より患者を理解できる、日本の主治医制は魅力的に感じた。ただし、研究に関して言えば、アメリカの方が環境として、圧倒的に恵まれていた。研究費が潤沢にあるだけではなく、大学病院間のネットワークも確立しており、検体サンプルを共有するシステムもしっかりしていた。臨床のトレーニングを日本でしっかり行った後に、アメリカで研究する機会を持ちたいと今は考えている。

 

最後になったが、留学という貴重な経験を得る支援をしてくださった国際交流室の先生方、学務課の方々に深い感謝の念を表し、私の留学体験記を結ばせて頂く。

Duke大学留学報告

吉野 実世 (Duke大学)

今こうして留学を振り返ると、私の価値観を大きく変える強烈な体験だった思います。あらゆる面で支えて下さった周囲の方々に感謝を込めて、実習内容を報告させて頂きます。

 

一ヶ月目はリウマチ科外来での実習でした。言語はもちろん全て英語である上、右も左もわからない環境であったため当初はとても苦労しましたが、医療や文化・人種などにおいて日本とのさまざまな違いに驚きの毎日でした。自分から進んでアピールしていくことでさらに上のレベルの仕事を任せてもらえることを一緒に回っていた現地の学生から学び、私もなるべく任せてもらえるようにプレゼンの準備などで特に努力しました。結果、一人で外来患者の問診、診察をさせて頂けるようになり、この形で約40人強の患者をみさせて頂き、とてもよい経験になったと思います。それと同時に、医師ですらない学生に、しかも言語の壁もある留学生の私に、そんな仕事を快く任せてくれる寛容さに感謝の気持ちで一杯でした。

 

二ヶ月目は循環器内科での実習で、アテンディング、研修医、私を含めた学生3人から成るチームに属して毎日コンサルト業務を引き受けさせて頂きました。朝の人体模型を使った練習から始まるこの実習は、とても教育的かつ刺激的でした。チームに依頼がきたコンサルトをまず学生が問診、診察するのですが、当然のように鑑別診断と治療計画をたてることまで要求されます。そして循環器内科という科の特性上、シビアな患者を診ることも多かったです。そのためコンサルトを受けて業務をしているときの私は、毎回必死で張り詰め胃に穴が空きそうな思いでした。また、今にも息絶えてしまいそうな患者さんのコンサルトを任されプレゼンした後、自分の考えたプランが採用されたときの喜びは忘れられません。

 

三ヶ月目は血液・腫瘍内科での実習で入院患者を一ヶ月間担当させて頂きました。体力的にも内容的にも、最も濃密な一ヶ月でした。この科は朝6時半のモーニングカンファから始まります。それまでに私は自分の担当患者に会いに行き、状態を把握し、プレゼンの準備をする必要があったため毎日4時半に起き、夜は大学の深夜タクシーで帰宅する生活でした。午前中は一人の患者さんに30分近くかける回診で終わってしまうため、息つく間もありません。午後は、骨髄移植センターや、今年できたばかりでまるでホテルのような腫瘍外来、他に軍人病院など様々な施設で実習させて頂き、とても充実していたと思います。また、この頃には英語にもだいぶ慣れ、同じことを日本語で実習したと想定した場合と遜色ない質問や学習ができていたように思います。

 

全体を通して印象的だったのは、医師の教育に対する姿勢です。学生にも大いに医療に参加させ、学ばせるための手間は惜しまないことに感銘を受けました。また、多くの医師が常に最先端の情報を調べようとする姿勢もとても印象に残っています。私もいずれは教育的な医師になりたいと強く思いますし、そのためにどれだけ歳を重ねても常に知識を最新化し続ける姿勢と努力が必要であることを、たくさんのロールモデルを目の当たりにして痛感しました。

 

実習以外にも、お昼のランチカンファレンス、実習のちょっとした空き時間、ときには週末にも、台湾やスウェーデンからの留学生やDukeの学生達と会話したことも留学の思い出の一つです。彼らの国との医療制度の違い、午前中の実習内容や学んだことといった真面目なテーマから、些細な冗談やガールズトークまでいろいろなことを英語で話し、一緒に笑ったり、驚いたり、考えたりしているとき、本当に留学していることを実感しました。

 

とても貴重な経験を毎日させて頂いたことを心より感謝しております。また、今後は留学体験から学んだことを何らかの形でフィードバックしていくことが私の課題であるとも思っています。  今回の留学を支援してくださった名古屋大学の先生方、学務課及び国際交流室の皆様、Dukeで出会った先生方・学生達・スタッフの皆さん、現地で出会いお世話になった日本人の先生方、快く滞在を受け入れてくれたFredとJenny、共に勉強し励ましあった留学仲間、そしてどんな時も全面的にサポートしてくれた両親に感謝の意を表したいです。本当に、ありがとうございました。

Tulane大学、Freiburg大学への留学を終えて

森田 紗枝 (Tulane大学/Freiburg大学)


私は2012年の4月より2か月、アメリカのTulane大学と6月の3週間ドイツのFreiburg大学で実習をさせて頂きました。
まず初めにTulane大学はアメリカの南部、New Orleansに位置する南部の名門大学です。
New Orleansはとても歴史のある街でフランス植民地時代の影響を街のあちらこちらに残しています。大学病院はダウンタウンに位置し、French Quarterにも近く毎週末何かしらのイベントで街は盛り上がっていました。大学祭の時にアップタウンにあるメインキャンパスを訪れましたが、うってかわってこちらは美しい住宅街の中、緑溢れる大きな公園の側にある広大なキャンパスでNew Orleansの街の情緒豊かな様子を感じることができました。

 

実習は1か月目ERでの実習でした。アメリカといえばERかな?というくらいで留学が決まった当初に希望し、勉強していたわけですがここで圧倒されることになります。

 

実習は患者が来たら問診、プレゼン、FellowやAttendingともう一度患者を診に行く、といった内容です。が、実習初日は学生の働きぶりとあまりのスピードの速さにただただポカンとしていました。日を重ねるにつれ、本当に熱心な先生、私の英語をききとろうとしてくれる親切な患者の元、問診もプレゼンもうまくできるようになっているのを実感する日々でした。最終日になってもとても現地の学生と同等に働けているとは思えませんでしたが、多くの先生や学生と知り合い、一緒に働かせてもらったという経験は忘れることのできない貴重な思い出となっています。

 

2か月目は血液内科でした。こちらではうってかわって小さなコンサルトチームに属しました。

 

実習は朝、患者を診に行きFellowにプレゼン、ラウンド、カンファレンスの後、今度はAttendingの先生とラウンドといったものでした。患者もそんなに多くなかったため、ERでの素早い動きとは異なり、一人の患者についてゆっくり勉強する機会を得ることができたことが良かったです。といってもコンサルトされてくる患者のほとんどは日本にはほとんどいない鎌状赤血球症を基礎疾患にもつ患者ばかりで、これもまたアメリカでも南部の街でしか経験できない症例の数々になりました。血液内科全体のカンファレンスではアメリカで働く外国人の先生と多くお話しする機会もあり、私にとっては大きな励みになりました。

 

また実習の合間にはNYに行って他の大学に留学している同級生を会い息抜きになりました。兼井先生のホームパーティでは多くの日本人の先生にお話しする機会を得ることができ、自分のキャリアについて考えさせられる一助になりました。


3か月目はドイツのFreiburg大学で脳外科での実習でした。

Freiburgはドイツの南西部、フランスとの国境の近くに位置し、自然に囲まれた静かな大学街です。歴史的な建物が建て並ぶ中、店も多くあり住みやすい街だなと思いました。

 

また列車で近郊のフランスやスイスにもone day tripをしやすく、11時くらいまで寝坊した日でもスイスまでは遊びに行けました。

 

実習はドイツ語が話せないため、患者に問診をとることは不可能でしたが、朝のラウンドの際には簡単な手技をさせていただいたり、脳外科レジデントの先生がつきっきりでわからないところの指導をしていただいたりと充実していました。手術室が脳外科だけで5室もあり、毎日平均12件ほどの手術をしているので、症例の豊富さには目を見張りました。

 

脳外科のレジデントの先生の半数は女性であり、私にとっては頼もしい限りでした。日本では脳外科に女性はほとんどいないというと、なぜ?とびっくりされているのが印象的でした。

 

三か月という思い起こせば短い期間でしたが、このような貴重な経験を医学生としてさせていただくことができ、本当に忘れられない経験となりました。名古屋大学の3か月の留学制度は本当に素晴らしいもので、この制度を作ってくださった先生方、この制度を代々繋げて維持してくださった先生方に心より感謝致します。またこの場をお借りして国際交流室の皆様、名古屋大学の先生方、学務の皆様、アドバイスや精神的なサポートをいただいた先輩方や同級生、家族に心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

アメリカの医療を垣間みて

利根川 玲奈 (Johns Hopkins大学)

私は、米国Johns Hopkins大学病院に、3月26日から6月15日までの12週間、留学させて頂きました。
 救急科、小児神経科、腫瘍内科の3科をローテーションさせていただき、現地の学生と同じ立場で、医療チームに参加させて頂きました。3ヶ月間は、とても短く、あっという間に過ぎ去って行ってしまいましたが、日々懸命に英語と医学の勉強をし、世界随一の医学部学生に付いて行こうと努力した3ヶ月間は、今後の人生においても大きな意味を持ってくると信じています。
この3ヶ月間で学んだことを、以下に述べさせて頂きます。


1、 日本の医療を客観的に見られるようになった

 

当たり前かもしれませんが、日本での臨床実習を介して学んでいた「日本の標準医療」は、米国では普通ではないことが多々ありました。最たる例は、入院日数の短さです。特に、腫瘍内科では、一日単位どころか、時間単位で退院スケジュールが決められており、無駄な入院はさせないという意気込みが感じられました。患者の為はもちろん、医療費や家族の負担、病院のキャパシティーを考慮してのことらしいです。例えば、日本では血液癌の化学療法のために、特に症状のない患者が長期入院しているケースがありますが、このようなケースは非常に稀で、外来で出来ることはどんどん外来でやるし、発熱などが予想される場合でも、そのような時にどう対処したらいいかをしっかりと教育した上で、積極的に退院させてしまうのです。

 

他には、患者の意志の尊重が徹底されている点に驚きました。日本でも、インフォームドコンセントの重要性が説かれるようになっていますが、まだまだ不十分であると感じました。特に救急科では、「どこまでやってほしいか」を患者の意志によって決めるという体制が出来上がっていました。例えば、医師側が、原因解明のために行った方が良いと思う検査であっても、患者側が拒否すれば、あっさりと退院させます。患者には、苦痛を取り除いてもらうために来院したわけであって、より苦痛を伴う検査をしてもらうために来たわけではない、という人が多く存在するのです。

 

このようなケースを見るにつれ、日本は、良い意味でも悪い意味でも過剰医療気味かもしれない、と感じざるを得ませんでした。米国の、特に腫瘍内科では、予後が悪いことが予想されると、ある意味「あきらめ」のような態度で、医師が患者に説明する場面を多く見ましたが、それが間違っているようには全く感じませんでした。あくまでも、患者さんのために、ということを考えて、どのような医療を提供していくべきなのか、国全体として考えて行く必要性があると感じました。


2、 米国独自の工夫された医療システムを見学出来た

 

米国の医療は、良い意味でも悪い意味でも非常に専門化が進んでいることを実感しました。例えば、日本では一般的でない腫瘍内科で実習をすることが出来ました。腫瘍内科とは、癌を専門に見る内科があり、癌を持っている人であればどんな人でも腫瘍内科に入院します。そのため、化学療法のレジメンの研究などは飛躍的に進む可能性がありますが、一方で、あまりに広範囲の癌を、腫瘍内科が取り持つため、結局は各専門科へのコンサルトが必要になり、効率が悪いように感じたこともありました。

 

また、抗生物質の使い方に関して適切なコンサルトをしてくれる、感染症専門の内科がありました。確かに、抗生物質の乱用による耐性菌の出現などが問題になっている今日においては、このような専門家は有用かもしれませんが、各内科医が万全な抗生物質と感染症に関する知識を持っていれば、絶対に必要な科ではないように思われました。

 

このように、米国が生み出した、独自の専門内科に関して、絶対必要かという議論はありますが、少なくとも、こういった存在を知ることにより、日本の医療の弱点となり得るシステムを、客観視することが出来たと思います。

 

また、米国ではコメディカルの方々への業務配分が非常に進んでいると思いました。血液培養を専門に取るテクニシャンがいたり、退院先を効率的に探し、スムーズに退院が進むように管理する専門のナースがいたりと、贅沢と思われる程に、分業が進んでいました。ナースでも、専門の資格を持っている人は、処方やオーダーまで出来たりと、医師不足を解消するためには非常に合理的なシステムだと思いました。


3、 米国の優れた教育体制を垣間みることが出来た

 

米国の医学教育は優れているという話を、渡米前から聞いていましたので、それを実体験することをとても楽しみにしていました。Johns Hopkins大学は、さすが全米トップレベルの大学病院だけあり、レクチャーやカンファレンスが非常に数多くありました。特に、朝の業務開始前や、昼休みなどの空き時間を利用して、レクチャーがあるので、時間を無駄にすることなく、とても効率がよかったです。

 

また、学生をチームの一員として、うまく使うことで、しっかりと教育が成されていました。学生は、毎朝レジデントよりも早く病院に行き、患者さんの診察をします。その後、それに対するフィードバックをもらい、自主的に文献をあたってプレゼンし、チームとしてのEvidence based medicineの実現を助けるのです。上級医の先生方が、どの程度、学生が持ってくる情報を頼りにしているかは分かりかねますが、米国の医師は皆、褒めることが上手であり、学生のモチベーションを上手く向上させてくれていると思いました。

 


以上のようなことを学ばせて頂きました。
 多大な努力と「食いつき」により、非常に充実した3ヶ月間になりました。米国のシステムに見習うべき点や、日本の医療の素晴らしい点を理解することが出来、今後に必ず活きる経験となったと思います。
 最後になりましたが、この留学をご支援いただきました、伊藤勝基先生、坂本純一先生、粕谷英樹先生、尾崎紀夫先生、祖父江元先生、室原豊明先生を始めとした名古屋大学医学部の先生方、事前講習にてお世話になった先輩方、また国際交流室の皆様に、心より感謝を申し上げます。

グダニスク医科大学留学記

吉田 豪太 (Gdański医科大学)

このたび、私はポーランド、グダニスク医科大学に留学致しました。
グダニスクは少しマイナーな都市なので、まずはこの街の紹介から始めます。

 

グダニスクとはバルト海に面したポーランドの港町で、かつてポーランド回廊と呼ばれた地域に属します。第二次世界大戦でドイツ軍によるポーランド侵攻が始まった時、最初に攻撃されたヴェステルプラッテという岬が郊外にあります。戦後は赤軍によりドイツ系住民が追放され、東側の一大造船所となります。グ ダニスクの造船所はレフ・ワレサ(元大統領)がポーランド民主化運動として「連帯」を結成した土地としても世界史に名前を残しています。このように西のドイツ、東のロシアと大国に挟まれた悲惨な過去ですが、現地では対露感情の方が対独感情より悪かったのが印象的でした。

 

このグダニスクにて私は2012年3月18日から6月10日までの約3ヶ月の間、生化学の教室(Wozniak教授)と、Trauma surgery、産科をローテートしました。
グダニスク医科大学には英語コースがあり、スウェーデンやイギリス、ドイツの学生が在籍しており、全体の40%が留学生でした。また、学生は基本的にバイルンガル若しくはトライリンガルなので大学や病院では英語でコミュニケーションをとっていました。

 

Trauma surgeryでの一日を例に留学中の生活を振り返りたいと思います。
 朝は7時半にカンファレンスがありますが、これはポーランド語です。時々、若手の先生が今の患者さんはこういう意味ですよと、説明してくれます。私が滞在していた時はちょうど、新病棟に移ったばかりで入院患者はかなり少なかったです。9時頃から回診が始まり、午後はOPE見学です。日本のポリクリ1とあまり変わらない印象でした。夕方から時間が余れば、Wozniak先生の教室に行っておりました。

 

ポーランドの医療制度において、興味深い点があります。
この国では基本的に国民皆保険です。しかし、民主化革命から20年経った今でも旧態依然とした制度が残っているのも事実です。
 現行の保険制度では一年の始 めに、あらゆる疾患の発生件数や手術件数を予想し、それを元に予算を分配します。年末になって予算をオーバーしてしまうことがよく起こり、年始に組まれたお金が無くなれば、全額自己負担になります。そこで国の予算が無くなる12月には患者さんは病院へ行くことを避け、病院はガラガラになるそうです。当然学生の実習もこの時期は楽(?)になるようです。未だに計画経済的な側面が残っており、現地の医師や学生が嘆いておりました。
また、一旦医師となれば、EU圏内ではどこでも働けるので、より良い賃金を求めて西側諸国に行きたがる医師が多いそうです。特にイギリスにはポーランド移民が多く彼らのコミュニティが存在するため、週に数日LCCを使ってイギリスでバイトしに行き、残りはポ ーランドの病院で働く人もいるそうです。ポーランドには更に東のウクライナやバルカン半島諸国からの医師がより良い労働環境を求めてやってくるそうです。まさにグローバル化真最中ですが、自国の税金で育った医師が他国で働くことに納税者は納得していていない様子でした。

 

一番印象的だったことは信仰と宗教についてです。
ポーランドには熱心なカトリック教徒が多く、私も自分が信仰する宗教について良く聞かれました。更に突っ込んで、「魂の存在を信じるか?」とか「死後の世界をどう考えているか?」とか真面目な顔をして聞いてくる人もいました。彼らが普段の生活や医療現場で働いている時にも、神や魂などを意識しているのかと思うと、日本人とは違うなと思いました。

最後になりましたが、予想していた以上の貴重な経験をさせて頂いたことに感謝しております。
 私を支えて下さった、国際交流室の坂本先生、粕谷先生、伊藤先生、山崎さん、学務の西尾さん、Wozniak先生、グダンスク会の諸先生方にこの場を借りて感謝申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

Tulane / Freiburg大学留学報告

平賀 経太 (Tulane大学/Freiburg大学)

私は、2012年3月末より2ヶ月間アメリカのTulane大学にて、1ヶ月間ドイツのFreiburg大学にて臨床実習をする機会をいただきました。この留学を志したのは、日本から外に出て様々な国の医療を実際にこの目で見ることによって、より客観的な物の見方を身につけたかったというのが一番の理由です。日本、アメリカ、ドイツの医療を比較することで、より日本の医療を客観的な視点で眺めることができるようになる。そう考えて、アメリカ、そしてドイツでの実習に臨みました。

 

Tulane大学1ヶ月目は神経内科を回りました。まず最初に与えられた仕事は、担当患者のフォローアップでした。しかし、同じチームの学生が立派なプレゼンをする中、僕は時間内にカルテを仕上げることすらできませんでした。ここからはもう成長しかないと自分に言い聞かせて、翌日からの実習に臨みました。同じチームの学生に毎回アドバイスをもらい、プレゼンもマシなものになり、できることも少しずつ増えていきました。毎日成長を感じる1ヶ月間でした。2ヶ月目の内分泌内科には、1ヶ月目に比べるとだいぶスムーズに実習をこなすことができました。

 

アメリカの実習で特別印象的だったのは、日本の学生とアメリカの学生の実践力の差です。日本とアメリカでは教育方針が異なるため、日本の学生が個々の疾患の細かい知識について強いのに対して、患者さんのアセスメント、プランニングをする実践的な能力においてはアメリカの学生のほうが圧倒的に能力が高いと思いました。また、教育に関してもまず学生がファーストタッチで診察することができ、その後レジデント、フェロー、アテンディング等から2重、3重のフィードバックを受けることができるシステムはとても魅力的なものだと思いました。こうした実践的な教育から実践的な知識が蓄積されていくのだと思いました。日本でも取り入れられるところは取り入れていくべき姿勢だと感じました。

 

Freiburg大学では1ヶ月間小児の腫瘍内科チームで実習をしました。ドイツ語ができないので、主に先生の後ろをくっついて回るシャドーイング方式でした。個々の患者さんについては英語で軽く病歴を教えてもらえるので、聴きたいところをどんどん先生に質問していく方式でした。また、マルクや腰椎穿刺など手技もたくさん見学させていただきました。また、現在Freiburgで働かれている中村先生のもとで血液凝固異常の外来を見学させていただいたり、MDS study centerにて働かれている名大の吉見先生のもとで血液標本の見方を教えてもらったりしました。

 

ドイツの実習はアメリカとはまた異なるものでした。アメリカの実習と比べると日本の実習にどちらかというと近く、自主性の試されるものだったと思います。ドイツ語のできない私にとって、ドイツ語で会話をしている先生の中に英語で割って入ることが必要でアメリカ以上に積極性の要求される実習でした。実習中印象的だったのはドイツの医療を受けにわざわざ他国から来ていた患者さんが相当数いらっしゃったことです。ドイツの医療はまだまだヨーロッパの中で進んだものであることを実感しました。今回の実習でも多くを学ぶことができましたが、もう一度ドイツ語を学んだ上でドイツを再び訪れたいと思いました。

 

今回、アメリカ、ドイツに留学させていただいたことで日本にとどまり続けていたら、当たり前で気がつけなかったたくさんのことに気がつくことができたと思います。もちろん3ヶ月間という短い期間では限界はありますが、留学を通して非常に視野が広がり、今後の日本の医療を考えていく上でより客観的な物の見方を身につけることができたと思います。

 

今回、このような素晴らしい機会を与えてくださった国際交流室の先生方、学務の方々、現地の先生方、事前研修で指導していただいた先生や先輩方、そして、留学中励まし合った同級生のみんなに心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

過去の交換留学経験者からのメッセージ

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