トップページ研究室紹介(基礎医学領域)健康増進医学(協力) 精神健康医学

健康増進医学(協力)

精神健康医学

研究室概要

 我々の精神健康医学教室は、英語表記では、「精神病理学と精神療法学」(Psychopathology& Psychotherapy)となっていて、この方が正確に内容を表しているといえる。これは、要するに精神医学という広い領野のなかで、脳と精神が関わる中で、特に人間の精神を直接探求しようとする立場を追求するものである。人間の精神を探求するというと、文系の科目、たとえば、哲学や文学や心理学があるではないかと思われるかもしれないが、そうではない。歴史上最も優れた人間理解をもたらしている精神分析学が、神経学者のフロイトによってもたらされたことや、実存哲学を探究したヤスパースが精神科医として出発したのは、偶然ではない。医者として、精神の異常や悩む人間と関わることが他では得られない深い洞察をもたらすのである。とはいえ、我々の「精神病理学と精神療法学」の領野を進むのには、何か決まったコースがあるわけではなく、非常に個人的な道をたどらざるを得ない。すなわち研究者一人一人が、開拓者として、自分の道を切り開かなくてはならないのである。そこで、その一つの例としてこれまで私がたどってきた道をここで示して、皆さんの参考にしていただきたい。

 私(小川)の場合
 私が専門とする精神病理学と精神分析学は、精神医学の中でも特殊な位置にあるので、他の科の先生方に理解して戴くためにも、まずそもそもどういうものなのかということを述べたい。精神病理学は、精神の様々な疾患の心理学的側面を捉えるための学問である。病理学に対して生理学があるように、精神の病理学に対して精神の生理学となるはずの心理学は、実際の所、異常な心理現象を理解するためには役に立たない。そのため、精神病理学者は、自前で精神についての理論を作り出さなくてはならなかった。歴史的に見ても人間の心理の理解に大きく貢献しているのは、心理学者ではなくて精神医学者である。たとえば、カール・ヤスパースは、「精神病理学総論」(1913)という記念碑的業績を出した後、哲学に転向し、実存哲学の発展をもたらした。彼の思索の基盤となったのは、人間が精神を病むということを直視した経験である。現在でも文化の全般にわたって大きな影響を及ぼしているS.フロイトもC.G.ユングも精神医学者であった。すなわち、精神の病理現象をつぶさに見るということから、人間の心理についての本質を捉える手がかりが得られると言う。私は、名古屋大学精神科の笠原教授のもとで精神病理学を学び、精神の病理現象を詳細に観察し、記述し、分類するということを学んだ。こうして、私の最初の論文では、慢性の抑うつを示す人格障害を記述し分類するということを行った。うつ病には、抗うつ剤の効く、内因性うつ病とは別に、様々な葛藤や人格の病理から生じる抑うつ状態が有る。この分野の研究は、現在でもほとんど未開拓の分野であり、私自身は、様々な変遷を経て、現在も、これをメインテーマに据えている。
 その後私は、精神現象の記述だけでは飽き足らなくなり、さらに深く理解したいと考え、1984年からマルセイユ大学精神科のタトシアン教授のもとに留学し、現象学的精神病理学の研究を行った。現象学とは、哲学者のフッサールやハイデガーが究めた方法であって、人が現実を経験するときのその主観的構造を学問的に解明する方法である。タトシアン教授との毎週のセミナーでは、ドイツ語で書かれた哲学的現象学の著作をフランス語に訳しながら討論するという離れ業を行った。その時の研究成果は、幻聴についての現象学的探求として国際学会で発表した。この論文では、統合失調症患者の超越論的自我と経験的自我のズレを指摘し、そのズレを事後的に埋める素材として、身体としての声が受動的に展開され、それが幻聴として経験されると言うことを論じた。この研究の共同研究者であったジャン・ノダン博士は、その後名古屋大学に留学し、このテーマをさらに発展させ、大部の著作として発表した。彼は、それを評価されて、現在マルセイユ大学精神科の主任教授となっている。私は、現象学的精神病理学の分野からしばらく遠ざかっていたが、最近再び取り組むこととなった。フランス留学中から、ジャック・ラカンの構造主義的精神分析学に関心を持っていたが、極めて難解であるためその解読は、遅々として進まなかった。特に彼の主著の「エクリ」は、ほとんどのフランス人インテリにも読めない代物であった。我々のグループでは、ラカンのセミネール20巻のうち、いくつかを岩波書店から出版し、現在もその作業は、岐阜大学精神科小出教授を中心に続けられている。私は、ラカンから学んだ考え方を用いて、様々な精神病理現象の解明を行った。その中で代表的なものは「偽分裂病性自閉」「運命の反復」などである。前者は、分裂病では無いものがどのようにして分裂病類似の自閉状態に陥るのかを解明したものであり、後者は、人がなぜ何度も同じ運命を繰り返すのかということの解明を通して、偶然と言うものの本質を、現実を構成する要素である象徴(広い意味の言語)の観点から論じたものである。前者の論は、現在の「引きこもり」を解明するのに、役立つのではないかと考えている。
 当時の精神病理学会では、一部でラカンがもてはやされ流行していたが、私はラカンの概念装置を当てはめて病理現象を理解するという方法論に疑問を感じ、ラカンが自身の理論を導き出した精神分析というものを理解したいと思うように成った。こうして、私は、精神病理学から、精神分析学へと大きく方向転換をした。それは、私の30代の10年間のことである。
 ここで精神分析学について紹介したい。精神病理学が、病理組織を顕微鏡で覗くように精神病理現象を客観的に見ようとするのに対して、精神分析学は、患者の精神病理を分析医との関係の中で生きた形で再現し、直接扱って治療する技術であるといえる。ちょうど、組織病理学と外科学との関係として喩えることが出来る。精神分析では、患者の病的部分を外科手術のように切り取るので、外科の技術の習得と同様、技法の修得に、マンツーマンの指導を受けて、大変な努力と時間を要する。我が国で、国際基準の精神分析医の資格を持っているのは、数十人のオーダーであり、中部地方では、私を含めて二人だけである。我が国の精神分析協会(国際精神分析学会日本支部)が求めているトレーニングのメニューは、非常に過酷なものであり、これらをこなすのには、禁欲的な努力をしても10年はかかる。(一流の外科医を育てるのと同じような過程を必要とする。)私は、精神分析医に成るためのトレーニングを、土居健郎(前東大教授)、衣笠隆幸(広島精神福祉センター長、精神分析的精神医学会会長)、ベティー・ジョセフ(イギリス精神分析協会トレーニングアナリスト)から受け、精神分析の臨床経験を通して、特に対人恐怖症、強迫神経症、精神病性人格、抑うつを示す人格障害の研究を行ってきた。強迫神経症については、強迫患者の無意識に有る暴君イメージの重要性を指摘した。この暴君の部分に対する防衛として強迫神経症が生じてくるメカニズムを解明した。この研究は、昨今の薬物治療に偏りがちな強迫神経症の治療に、心理的治療の可能性を示すことで、薬物治療に抵抗する難治例に新たな展望を開いた。抑うつを示す人格障害の研究では、慢性抑うつの中に自己愛人格障害に基づくものがあることを指摘し、その分析的精神療法を行う際の特有の困難さについて述べた。またそれと似たものとして空虚感、無気力を訴える人格障害の研究を行い、そこに見られるアパシーの奥に有るパッシヴ・アグレッションの重要性やスキゾイド・メカニズムの側面を指摘した。さらには、幼小児期の母親による虐待やネグレクトがもたらす青年期の病理と治療についても精神分析的研究を行った。


 現在取り組んでいるテーマは、いずれも精神分析学の分野のものであり、以下のものがある。「スキゾイドの示す抑うつの精神分析」、「外傷反応性抑うつの精神分析的精神療法」、「アクティングアウトの多重決定性」、「複数の小部屋を持つ人格の病理的組織」、「心を広げる作業としての精神分析」、「人生の行き詰まりと治療の行き詰まり」、「スキゾイドにおける羨望」。これらは大きく、抑うつの精神分析治療に関するもの、分析治療技法に関するもの、人格の病理に関するものとに分けられる。今後も、精神分析的精神療法の治療経験を通してこれらの分野の研究を進めていきたいと考えている。また、同時に精神分析の経験から得られた人間理解について一般向けの著作も行っていきたいと考えている。

大学院入学案内

 当教室は、教授は上記のように精神分析学の方向へと向かっているが、津田准教授はすでに精神病理学者として著名であり、国内外の学会で活躍している。准教授の精神病理学の特徴は、着実でねばり強い思考に基づいて統合失調症、躁鬱病などについての中心的テーマを一つ一つえぐり出すという点にある。それらは、論文として結実している。准教授の大学院生に対する指導は、懇切丁寧で親切であることにも定評がある。

 古橋助教は、普段は、津田准教授と共に学生のメンタルヘルスの仕事をしている。すでに性同一性障害の研究で知られているが、それだけに留まらず、広く思春期青年期の病理の研究を行っている。研究の基盤は精神病理学や精神分析である。また、科学研究費から助成を受け、ひきこもりの日仏共同研究も行っており、国内外の研究者に幅広い人脈を持っている。研究室にはフランス人研究者が時折滞在し共同で研究を行っている。大学院生にも親切で、人柄はとても親しみやすい。

教員

構成員名/英名表記 役職 所属
小川 豊昭/OGAWA Toyoaki
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教授精神健康医学
津田 均/TSUDA Hitoshi
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准教授精神健康医学
古橋 忠晃/FURUHASHI Tadaaki
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助教精神健康医学

研究分野紹介

専攻 社会医学専攻
大講座 健康増進医学(協力)
分野 精神健康医学
ユニット名 総合保健体育科学センター

研究キーワード

精神医学、精神病理学、精神分析、精神療法、社会文化精神医学、思春期精神医学、統合失調症・気分障害・倒錯・神経症などの病態研究